(パートIII) デュポン、アクティビスト投資家。。。

投稿日: 2015年10月1日

(パートIII)

デュポンは会社分割には少なくとも40億米ドルかかり、売り上げが損なわれる可能性があると異議を唱えた。 現在デュポンでは、ダッシュボードやエアコンの吹き出し口など、多数のプラスチック製自動車部品をトヨタに供給している。豊田市に本社を構えるトヨタ自動車の専務役員、伊勢清貴によると、デュポンは長期的なアプローチを採用して研究開発に専念しており、これまでにトヨタの革新的な製品の開発につながったため、デュポンとの関係を重視している。「アクティビスト投資家の計画は極めて近視眼的な考えに思われる。デュポンが分割された場合、デュポンとの今後の協力関係について考え直さなければならないだろう」

最近行われた投資家会議で、トライアンが提案した取締役のひとり、化学産業エグゼクティブのロバート・ザッタは、もし自分がデュポンを経営するなら、現在のデュポンの主要な研究開発費を削減して個々の事業に充てるという。トライアンは、デュポンは研究支出からほとんど何も生み出していないように見えると主張している。

デュポンは年間の研究開発予算20億米ドルの約30%を、国家安全地区であるウィルミントンから車で15分離れた場所に立地する150エーカーの緑に覆われた研究施設、実験ステーションに投入している。デュポンは同施設でナイロン、ケブラー、テフロンなどの製品を開発した。しかし、同社は、実験ステーションと呼ばれる同施設に費やした資金の3分の2は、会社のビジネスユニットを通じて予算が組まれたものであり、会社の研究開発支出全体の決定の90%は、重役室ではなく、デュポンの部門リーダーによってなされていると強調する。

デュポンのラボにおける最近のプロジェクトの一部は、ナイキ向けに製造した高性能ゴルフボールなど、ハイテクマーケティングと同等のものと考えられる。だがそれ以外にも、収益創出の可能性は多く存在するように思われる。例えば、デュポンはこのほど業界品質を満たす、遺伝子組み換え大豆種子「プレニッシュ」を開発した。長年にわたりポテトチップスなどのスナック菓子に使用されてきた従来の大豆油よりもはるかに健康的であると、食物生産者に売り込んでいる。だがすでに他の非大豆油に切り替えた食物生産者も存在するが、プレニッシュはトランス脂肪酸が含まれておらず、他の油に比べて飽和脂肪が少ない。デュポンは通常のポテトチップスに比べてより健康的な油を使って調理したポテトチップのプロトタイプを製造した。デュポンはプレニッシュを「数億ドル相当のビジネスチャンスに相当する」と説明した。

デュポンの研究開発チームと共同で開発し、すでに市場に出回っている製品に「タイド コールドウォーター」がある。これはデュポンが開発した酵素を使用したP&G社の洗濯洗剤である。お湯で洗う従来のタイドと同様に、冷水でも汚れがよく落ちる。エネルギー消費量が少なく、通常の洗剤に比べて環境にも一層優しい。昨年の終わり頃に発売され、すでに多くの売上を上げているとデュポンはいう。

ハーバード・ビジネススクールのジェイ・ローシュ教授は「デュポンの化学研究ラボは現在残っている数少ない企業研究施設」だという。ベル研究所やイーストマンコダックのラボはかなり前に閉鎖されている。現在、米国に存在する大規模研究ラボはデュポンと昨年ヘッジファンドマネージャーのダン・ローブの激しい攻撃にさらされたダウのラボだけである。「アクティビスト投資家にとっては、これらのラボは無意味なものかもしれないが」とローシュ教授は述べている。

昨年10月、デュポンの社外取締役のリーダー、カトラーの元にペルツから初めて電話がかかってきた。

ペルツはカトラーに、条件がさらに厳しくなったと言った。トライアンは、トライアンが選任する業界エグゼクティブ1人とともに、同社のパートナー2人をデュポンの取締役に据えることを望んでいる。ペルツはカトラーと取締役会が反対すれば、トライアンがデュポンの取締役の大半を追い出そうとするだろうと述べた。

2週間後、クルマンとペルツはマンハッタンのミッドタウンにあるペルツのお気に入りのレストラン、アレッキ・パトルーンで昼食をとった。奥の狭い角にある丸いテーブルに座って、ペルツは大盛りのサラダを、クルマンはソーレを注文した。

クルマンによると、昼食を取りながらペルツはクルマン向かって、ペルツとの委任状争奪戦を仕掛けられたくはないだろうと告げたという。ペルツは今までにも委任状争奪戦を経験しており、このままでいくとクルマンの人生は惨めなものになり、家族にも会えなくなるだろうと言われたと、クルマンは述べている。ペルツは「委任状争奪戦に入った場合、勝利するのは私だ」と言い、トライアンがクルマンとデュポンの命運を握っており、きっと彼らを窮地に追いやるだろうとも言ったという。

クルマンはペルツがそれから態度を和らげて、自分とガーデンを取締役に迎える気はないか尋ねたという。取締役会にペルツとガーデンを取締役に迎えるよう個人的に働きかけてくれないかと頼んだのだ。

広報担当者を通じて、ペルツはこの脅しめいた発言を「断固否定」し、クルマンやデュポンの他の取締役を辱めるようなことを述べたことはないと言った。

化学会社ライオンデルバゼルのCEO、ジェームズ・ギャログリーは、2014年の秋以降にトライアンから電話がかかってくるようになったと言う。最初はガーデンからかかってきたもので、トライアンは自ら取締役を選任して、デュポンの経営陣に対して委任状争奪戦に入る構えがあると述べた。「われわれはあなたが適任だと考えている」とガーデンは言った。ギャログリーは破綻の責任を取って辞任したところだった。年末にライオンデルを去ることになるが、先のことはまだ決めていないと答えた。

その数週間後、ギャログリーはペルツから勧誘の電話を受けた。ギャログリーはガーデンに対して答えたように申し出を断った。ペルツはライオンデルの本社があるヒューストンを近く訪れる予定だと伝え、一緒にお茶をしないかと誘ってきた。ギャログリーは無礼にならないように、「機会があったらぜひ」と答えた。

それから数日後、ギャログリーはカレンダーを見て、ペルツと朝食をとる予定が入っていることを知った。ギャログリーはアシスタントにこれはどういうことかと尋ねると、アシスタントは、ペルツが電話をかけてきて、ギャログリーがミーティングを行いたいと言ったと伝えられたという。

次の月曜日にフォーシーズンズホテルで、ギャログリーはペルツと朝食をとった。ペルツはギャログリーに、トライアンのチームに加わらないか尋ねた。ギャログリーによると、「デュポンのCEOにならないかと」打診されたという。「われわれはそのように手配することができる」と。

ギャログリーによると、ペルツはデュポンを分割し、農業事業を切り離すことを望んでいたという。ペルツは心の広い人物のようには見受けられなかった。ギャログリーはアクティビズムにはまったく興味がないが、いずれにせよ声をかけてくれて感謝していると答えた。

ギャログリーは、ペルツがその後何度も電話をかけてきたと言う。ガーデンも再び電話をかけてきて、CEOにならないか打診した。ペルツからの最後の連絡は、ギャログリーが飛行機に乗っている時に受け取ったEメールだった。ペルツは自分のチームに参加しないかと、最後の機会を提示した。しかし、ギャログリーは返事をしなかった。

ペルツは、デュポンのCEOに強く自己推薦したのはギャログリーだったとしたが、ギャログリーはこれを否定している。

ペルツから最後のメッセージを受け取った直後、ギャログリーの元に人材スカウト業者から電話があった。デュポンの取締役に興味はないかというものだった。ギャログリーはすでにペルツに直接申し出を断ったことを伝えた。人材スカウト業者はエレン・クルマンの代わりに電話をしていると答えた。そこで、ギャログリーは興味を示した。

1月下旬、クルマンとデュポンのチームは、委任状争奪戦を終わらせる妥協案に到達したと考えていた。デュポンは取締役2人を新たにスピンオフしたケマーズに移すことを計画していた。これによりデュポンの取締役会に2人の空席ができる。クルマンは各取締役との面談を通して、ギャログリーとタイコの業績回復を主導して高い評価を受けていた人物エド・ブリーンを取締役に迎えるという結論に達した。

クルマンはペルツに、トライアンが候補に立てたギャログリーともう一人の候補者を取締役として迎え入れると伝えたいと考えた。クルマンは、この件に関して取締役会にその意向を伝え、デュポンの経営陣から承認を得た。

2月4日の朝、クルマンはデュポンのプライベートジェットに乗り込み、カトラーを迎えにクリーブランドに向かった。クルマンとカトラーはついに決着が着くと興奮していた。2人は空港の会議室でペルツに会うために、シカゴに飛んだ。ペルツはすでに到着していた。会議室の中央に置かれた長方形のテーブルの一番端に座っていた。

クルマンはペルツに対し、デュポンはペルツが提示した全候補者について検討したが、誰一人として取締役にふさわしいスキルを備えていないと判断したと伝えた。しかし、デュポンは、ペルツが委任状争奪戦を中止するのであれば、ペルツが提示した候補者1人と、取締役会が容認できる1人の候補者(ギャログリー)を受け入れる用意があると伝えた。

クルマンは、デュポンはペルツ陣営もその妥協案の策定に加わったように発表文を用意すると伝えた。クルマンは、委任状争奪戦は双方にメリットをもたらさないといい、口外しないという条件で、この候補者2人が誰なのかをペルツに伝えることができると言った。

ペルツは自分も候補者の1人に入っているのか尋ねた。クルマンは「いいえ」と答えた。するとペルツは、候補者が誰か聞く必要はないと答えた。カトラーとクルマンによると、ペルツは「私を取締役に迎えないような妥協案は到底受け入れられるものではない」と言ったという。カトラーはペルツに一晩考えてみてほしいと伝えた。しかしペルツはその必要はないと答えた。交渉は失敗に終わった。

会議は約20分で終了した。クルマンとカトラーは帰りの飛行機に乗り込んだ。もはや委任状争奪戦は避けられないように思われた。クルマンはクリーブランドでカトラーを降ろし、帰途についた。

2日後、クルマンは新しい取締役候補の2人は、ギャログリーとブリーンであると発表した。委任状争奪戦の真っただ中で、優秀な人材を取締役に迎えたことに対してマスコミは高く評価した。ペルツですら、この選択を称賛するリリースをマスコミに発表した。ユーヨークタイムズ紙は委任状争奪戦においてクルマンは「チェックメイトではないにせよ」強い一手を放ったという内容の、ロイターの「ブレーキングビューズ」の記事を掲載した。

その後、クルマンが株式を売却したニュースが続いた。その話を最初に発表したウォールストリートジャーナル紙によると、トライアンの委任状争奪戦の前夜である9月に、クルマンが自身の保有株式の大半を売却した事実に対し、「トライアンやその他の投資家」は疑問を呈した。記事の中でファンドマネージャーの1人は、この株式売却に「警鐘を鳴らした」。

クルマンは2月に投資家との面談を開始した。クルマンはある大口投資家からここにいる理由を尋ねられた。クルマンは良くやってきたのだから、わざわざ説明しに回る必要はないだろうと言われた。だがそれ以外の投資家は納得しなかったようだ。そしてペルツも行動を開始した。ある大口投資家のオフィスのロビーでクルマン陣営とペルツとガーデンが鉢合わせた。両陣営は気まずそうに握手をして別れた。

トライアンの委任状争奪戦によると、3月11日、ペルツはある大口投資家から電話を受けた。後で判明したことだが、フィデリティからだった。和解するようにとの内容だった。ペルツはすぐにクルマンに電話をかけた。クルマンと連絡が取れなかったため、カトラーに電話をかけた。ペルツはニューヨークですぐにクルマンに会わなければならないと伝えた。しかし、クルマンはフィラデルフィアとコネチカットですでに約束があり、すでにそちらに向かっていた。

カトラーはペルツに直接会って話すことは難しいと伝えた。そこで、ペルツ、カトラー、クルマンの3人は電話会議を開くことにした。ペルツは譲歩する用意があると発言した。自分と他の候補者をデュポンの取締役に、トライアンの候補者2人をケマーズの取締役に迎えてはどうかと提案した。デュポンの取締役は当初の4人でなく2人とし、別会社の取締役会に2人ではどうか尋ねた。それに対しカトラーとクルマンは、デュポン側もかなりよい譲歩案を先に提示したはずだがと答えた。ペルツはそれには興味を引かれなかったと言った。カトラーとクルマンはペルツの申し出をデュポンの取締役会には伝えるが、承認を取り付けるのは難しいだろうと思っていた。

翌日、ペルツはCNBCでのインタビューで、デュポンに譲歩案を提示したところ、クルマンから断られたと大げさに言った。

1週間後、トライアンはミッドタウンにあるしゃれたセント レジス ホテルでデュポンの株主を招いて昼食会を開いた。ホテルの最上階にある会議室には約120人の投資家が詰めかけた。ペルツは「デュポンについてありのままの真実を」伝えるために、投資家の皆さんを招待したと言った。デュポンはかつて世界的に重要な企業だったが、数年前に塗装事業を手放すというミスを犯した。やり方次第では、高い収益性を上げることができたはずだと述べた。

ペルツはデュポンの建て直しは可能だが、それにはトライアンの助けが必要であると主張した。その場でペルツに異議を唱える者を見つけることは難しかった。

過去数週間にわたり、クルマンは投資家との面談に多くの時間を費やした。面談のための移動手段である飛行機や電車の中で、夜遅くまでたまっていた仕事を片付けた。重要性の低い会議や事業の見直しを後回しして、委任状の確保を最優先した。

クルマンは投資家の反応はおおむね良好であり、デュポンの将来戦略について理解を深めてくれたと感じていた。ところが、投資家から多くの質問が寄せられた。「なぜだめなのか?ペルツを取締役に迎えてもよいのではないか?どんな不利益があるというのだ?」

こうした反応にクルマンは驚きを隠せなかった。「会社にとって不利益かどうかをもとに取締役を決定するのは、あまりにハードルが低いでしょう。会社にプラスになるスキルを備えているからこそ、取締役に迎え入れるというのが正しい姿勢ではないでしょうか?」クルマンは、仮にトライアンが勝利した場合も、科学に造詣の深い人物を2人、監査役1人、金融のバックグラウンドを持っている人物1人を取締役に迎え入れるつもりだと述べた。

ペルツとの委任状争奪戦ではいくらかミスを犯したように思われるとの批判に対して、クルマンはその点について問題はないと答えた。「確かにもっとうまく立ち回ることはできたかもしれません。しかし、株主の利益を最優先するということに照準を定めていました」

ハーバード大学のジョージ教授は、ペルツがデュポンとの戦いに最終的に勝利すれば、それは他のアクティビスト投資家にとって心強いことだろうと述べている。「調査と戦略です。これらは時間を要しますが、これこそアクティビスト投資家が攻撃対象とするものです。」アクティビスト投資家に気を揉まないCEOなど1人もいないと言う。

とはいえ目下、クルマンは頭を悩ませる時間などない。陳情すべき株主はまだ残っており、決戦の時まで2日しか残されていないのだから。