デュポン、アクティビスト投資家ネルソン・ペルツ氏との戦い

投稿日: 2015年9月11日

(パート1)

大手化学品メーカー、デュポンとヘッジファンドのトライアン・ファンド・マネージメントの4か月にわたる激しい戦いは、今週決着が着くと見られる。株主のアクティビズムは「コーポレートアメリカ」にとって、吉と出るか凶と出るか。

エレン・クルマンは不安を感じたとしても、表に出すことはないだろう。

実際、今年1月下旬、デュポンのCEOとして、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムの晩餐会会場、シュタイゲンベルガー・グランドホテル・ベルヴェデーレで、テーブルについたクルマンは自信をみなぎらせていた。

そのわずか数週間前、億万長者の投資家ネルソン・ペルツがデュポンに対し、委任状争奪戦を仕掛けていた。トライアン・ファンド・マネージメントの共同設立者、ペルツ(72歳)は、ウォール街で注目を集めている「アクティビスト投資家」のひとりに数えられる。ペルツは攻撃の手を一切緩めなかった。

クルマン(59歳)は、ナイロンやケブラーといった画期的な繊維を発明し、ハイブリッド種子を農家に提供する大手化学メーカー、デュポンが、ペルツから「業績が振るわない企業」と評されたことに憤りを感じた。クルマンは、株主はこぞって自分の味方をしてくれると楽観していた。2009年1月1日にCEOに就任して以来、株価は上昇しており、投資家が背を向ける理由などない。実際、ファクトセットによると、デュポンの株主利益率は266%に達し、これはS&P 500種化学メーカーの平均243%や、より広範なS&P 500インデックスの159%を上回る。

クルマンは「当社は健全な経営を行っており、株価も上昇を続けている」と主張した。

だがそれから3か月半が経過し、ペルツの主張が勝利を収めそうな雰囲気だ。クルマンは公私にわたる激しい戦いを通じて、何度も厳しい局面に追い込まれた。5月13日に予定する年次株主総会では委任状争奪戦が繰り広げられるだろう。

ペルツはデュポンの取締役会に取締役4人の選任を要求しており、クルマンが取引に応じなければ、会社は2つに分かれ、屈辱的な敗北を喫することになる。

4月下旬、議決権行使助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシズ(ISS社)はデュポンの株主に対して、ペルツとのもう一人の候補者、ジョン・マイヤーズ(元GE エグゼクティブ)を取締役に選任するよう、呼び掛けた。別の議決権行使助言会社大手グラス・ルイスもペルツを支持した。さらに別の議決権行使助言会社イーガン・ジョーンズはこのほど、デュポンの株主に、ヘッジファンドのトライアン・ファンド・マネジメントが独自に擁立した取締役候補4人を選任するよう求めた。クルマンにとってさらなる打撃は、ISSの提案を受けて、デュポンの株価が5%上昇したことである。つまり、ウォール街はペルツが取締役会に加われば、デュポンの企業価値は上昇すると考えているのである。

デュポンに近い筋によると、投票の結果は得票数は拮抗するとみられる。大手ミューチュアル・ファンドや資産運用会社など、大口株主4人の投票にかかっている。デュポン社に近消息筋によると、どんでん返しが起こるとすれば、ペルツとあるいはヘッジファンドの重要人物を取締役会に迎えるという、トライアンとの和解案を取締役会が検討することだという。これはクルマンが2年近くにわたって避けようとしてきた状況である。月曜朝の時点で、和解が実現する兆しはない。

だがクルマンは高校時代にバスケットボールチームのキャプテンを務めた強い闘争心の持ち主であり、決してあきらめることはない。先週、クルマンは西海岸の大口投資家との会合に向かう前、「私のことを知っているでしょ。試合終了のブザーが鳴るまで、あきらめずに全力を出し切るわ」と語った。

ちょうど先週の木曜日、クルマンは大きな勝利を収めた。カリフォルニア州職員退職年金基金のカルパースが、デュポンが独自に指名した取締役候補の選任に615万票を投じることを表明したのだ。

フォーチュン500誌企業のうち4番目に長い歴史を誇る、約213年の伝統を持つデュポンの将来を巡る戦いは、今日の企業にとって、アクティビスト投資家を退けることはいかに至難の業であるかを示している。ペルツが2013年中旬に初めて登場した際、デュポンがその標的になると誰が予想できただろう。米国で最大の規模を誇る企業のひとつであり、売上高は350億米ドルにのぼる。そしてクルマン自身も、在任期間中コスト削減に積極的に取り組み、より利益率の高い分野への事業展開を決断したタフなCEOとして広く評価されている。同社の発表によると、閉鎖あるいは撤退した事業を除き、デュポンの営業利益率は2008年の9.5%から昨年16.5%に上昇した。

さらにクルマンは、ウォール街が通常好む種類の取引を行っている。市況産業に属する塗装部門(実質的には自動車塗料)を2013年にプライベートエクイティ会社、カーライルグループに50億米ドルで売却したのである(トライアンはクルマンは売却額をもっと釣り上げるべきだったと主張している。ウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイは最近同社の株式の約9%(5億6,000万米ドル)で同社を購入し、現在はアクサルタに社名を変更している。)デュポンは特殊化学品を生産する別の大規模部門のスピンオフを近く行うことも予定している。

しかし、これらのいずれも、ペルツシの攻撃の手からデュポンを守るには不十分であった。

その意味では、デュポンのストーリーは、ウォール街やコーポレートアメリカの今日のストーリーであるといえる。アクティビストのヘッジファンドの現在の資産運用額は1,200億米ドル超に達する。その影響力の大きさから、彼らは企業の経営上層部に対する要求度を高め、時にはその地位を乗っ取ってしまう。ウォーレン・バフェットは、今年のバークシャー・ハサウェイの年次総会で、アクティビスト投資家は、自社株の買い戻しを企業に求めているが、ほとんど意味がないと懸念を示した。

アクティビスト投資家の批判者である、ハーバード大学のビル・ジョージ教授は「私はアクティビスト投資家に反対しているわけではない。ただどうしても理解できないのは、彼らが優良企業をターゲットにしていることだ。デュポンでは健全な経営が行われており、攻撃対象になる理由は存在しない」と指摘する。

大企業であってもアクティビスト投資家から委任状争奪戦を仕掛けられるという例を示した、デュポンを巡る戦いは、将来的に攻撃的なヘッジファンド撃退方法に影響を与えると見られる。アクティビスト投資家との戦いを専門とする弁護士、”dean of the activist defense bar”と呼ばれ、強い影響力を持つマーティン・リプトンは、デュポンとその経営陣を痛烈に批判しており、企業は長期にわたるアクティビスト投資家との戦いを切り抜けるよりも、和解を考えるべきだと、最近、クライアントにメモを送っている。デュポンは過去2年間、トライアンとの和解のチャンスを何度も提示されながら、いずれにも応じず戦うことを決めた。

今日のアクティビストファンドの規模と影響力によって、これらの戦いは、CEOや企業取締役との戦いへと形を変えている。例えば、カリフォルニア州教職員退職年金基金(カルスターズ)は長年にわたりデュポンの大口株主だった。クルマンは、同年金基金とは良好な仕事上の関係を維持してきたと考えていた。にもかかわらず、カルスターズはトライアンを支持する企業とともにアーリー・レターに連署した。実は、カルスターズはペルツシのヘッジファンドの大口投資家でもあったのだ。このような関係は、デュポンのような企業が、アクティビスト投資家の味方をすれば株主利益を損なうことになると主張することを困難にする。

アクティビスト投資家の徹底した攻撃にさらされたデュポンの防戦の様子を伝えるため、フォーチュン誌はクルマン、もう一人のデュポンの経営トップ、クルマンの顧問に、過去数か月について大々的なインタビューを行い、両者が戦いの一環として証券取引委員会に提出した多くの書類を分析した。ペルツはこの件について直接的なコメントを何度も求められたが、回答を拒んだ。

運命の時までクルマンが自身の主張を株主に訴え続けるにせよ、デュポンを巡る戦いは、攻撃にさらされている他の企業にとって、重要な対処法を示唆し、株主のアクティビズムがコーポレートアメリカを成長させるのか、それともつまづかせるのか、新しいビジョンを提供することになる。

クルマンは生粋のデュポン人である。同社の本社からほど近いデラウェア州で育ち、1802年に創業した弾薬メーカーとして創業した同社に27年間務めている。自身の描いた計画は会社にとって正しいものであると固く信じている。タフツ大学で級友だったJPモルガンチェースのCEO、ジェームズ・ダイモンは「私はエレンを長年知っているが、意思が強くとても聡明なリーダーだ」と述べた。

しかし、アクティビストとのゲームの真相に向ける目をくらませたのは、その性格であることは間違いない。

デュポンの最初にしておそらく最大の間違いが、トライアンとの戦いはかなりの程度まで、世論という名の法廷にさらされることを早期に理解しなかったことである。

例えば、12月にデュポンは歴史あるウィルミントン中心にある本社を移転するとともに、ホテルの売却先の模索を進めることを発表した。その発表は、ペルツがホテルやゴルフクラブの所有を身の丈に合わない経営の兆しであるとデュポンを批判したすぐ後に行われた。ホテル売却は戦術的な誤りであった可能性があると観測筋の多くが見ている。

ホテル売却はさしたるコスト削減にならないだろう。ホテルは利益を出していた。それどころか、ホテル売却の動きは、デュポンが無駄なコスト構造を持っているとのベルツの主張を正当化してしまったと観測筋は考えている。デュポンの元従業員や株主が多く存在するデラウェア州におけるデュポンの経営に関する世論を損なってしまった可能性がある。デュポンは、この時期に本社移転を発表したのは、ペルツへの対抗策ではなく、近く予定しているスピンオフに合わせたものだと主張した。

最近ではより多くのインタビューに応じているものの、クルマンは攻撃に対する対策の多くを非公式に行ってきたために、折に触れてダメージを負ってしまった。委任状争奪戦が正式に開始される少し前、クルマンは社内にトライアン対策本部を設置した。これにより、理論上は引き続きデュポンの経営に専念することができるようになった。しかし、クルマンは常に委任状争奪戦の中心にいるわけではなくなったのだ。3月中旬、ペルツはCNBCとのインタビューの中で、デュポンの財務状況に関する自身の情報量の多さを裏付けてポイントを稼いだ。

委任状争奪戦の専門家は、このインタビューを受けて、トライアンはベルツ側についたと指摘する。一方、クルマンは同様のインタビューは行っていない。攻撃された企業の相談を受けることが多いあるアドバイザーは「委任状争奪戦とは選挙活動のようなものであり、立候補者はCEOである」と説明する。

委任状争奪戦が開始される少し前、クルマンは8,000万米ドル相当のストックオプションを行使した。

(税金やオプションコストを控除した後、売却によってクルマンが実際に手にした金額は当初の額を大きく下回った)この株式売却はだいぶ前に設けられた米国証券取引委員会規則10b5-1に基づいて行われた。

この株式購入プランに詳しいある観測筋は、クルマンはストックオプションの行使を中止できたし、中止すべきだったと指摘する。クルマンはプランを変更することは会社の方針に反することになり、また方針の変更を不可能にする重大な情報を掴んでいたという。だが観測筋はそれでも中止すべきであったという。ペルツはこの株式売却について、クルマンが会社を信頼していないことの証しだと主張した。一方のクルマンは個人資産の3分の2は今なおデュポン社の株式が占めており、馬鹿げていると一笑に付した。

クルマンは、委任状争奪戦において戦略的に理想的な対策を講じるよりも、会社にとって最善な策を常に第一に考えていると主張する。