ROEブームを考える

投稿日: 2015年4月3日

1. 拡がるROEブーム

 自己資本利益率は、一般にROEという略称で知られており、企業の資本の生産性・効率性を計る株価指標の一つです。日本においては、従来より企業におけるROEの低さが指摘され、その向上が求められていましたが、この1,2年の間で急速にその存在感を増し、投資家や助言会社は企業選別の基準に採用し、企業もその向上に取り組むなど、一種のROEブームともいえる動きが巻き起こっています。今回はこうした動きの現状とその真価を捉えていきたいと思います。

2. 高まるROEのプレゼンス

 生命保険協会が国内の上場会社と投資家に向けて行った平成26年度版調査では、実に機関投資家の90%以上がROEを経営目標として重視することが望ましい指標として挙げ、その他の指標に約2倍の差をつけています*¹(表1)。また具体的な水準としては、40.7%の投資家がROE11%以上が望ましいとしています。*²。

【表1:株式価値向上に向け企業が重視することが望ましい経済指標】

Apr_3_diagram_1

加えて昨年の11月には、米国の大手議決権行使助言会社のISSが、日本企業のうち「過去5期の平均ROEが5%を下回る企業」には経営者の選任について反対するよう勧告するという議決権行使基準を打ち出しました。

このように、この1,2年で従来以上に投資判断の重要な基準となってきたROEですが、その背景には何があるのでしょうか?

一つには、昨年導入されたスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードによって、企業価値向上に向けた姿勢の強化と、それを円滑に進めるための建設的な対話の一環としてROEの向上が求められていることがあります。また、昨年に経済産業省より発表された通称“伊藤レポート”の存在もあります。このレポート内において、日本企業のROEの低さが指摘され(レポート作成時のROEは日本企業:米国企業=5.3%:22.6%)、グローバルに通用するROE基準として企業は8%以上のROEを目指すべきだと提言されました。加えて、昨年導入されたJPX400銘柄において、銘柄選定基準にROEの高さが採用されたこと等が影響しています。こうした一連の動きの最も大きな背景となっているのは、やはり近年で存在感を増してきた外国人投資家にあると考えられます。ROEは主に海外の投資家たちの間でメジャーな指標であったため、日本株の約30%超を海外投資家が保有している現在、投資選定基準としてROEの重要性がますます増してきています。こうした環境の中、日本企業をグローバルに通用させるため、他国と遜色のないROE水準が求められ始めているのです。

3.企業における取組み

日本企業のROEについての取り組みは上述の通り、一般的にROEが高いといわれる米国企業の半分以下の状態が続くなど、今まで決して芳しいものではありませんでした。しかし、昨今の様々なROE向上の声を受けて、日本企業もその向上に取り組む姿勢を見せ始めています。先の生命保険協会のアンケートによると、ROEの具体的な目標値を持つ企業はまだ約42%に留まるものの、平均水準については8.5%となり、前年度の5.3%を大きく上回る結果となっています*³(表2)。

【表2:日本企業のROE分布】

Apr_3_diagram_2

大企業の中には、既にROEを経営目標として積極的に取り入れている企業もあります。

喫緊でいえば、日立製作所や三菱重工などがROE10%超を経営目標に据えるなどし、具体的な取り組みを始めています。

4.高ければよいのか

 このように日増しに存在感を増しているROEですが、一方で単に数値目標をクリアするだけでは意味がないとの声も聞かれます。ROEのもっとも簡易的な式が「純利益÷自己資本×100」であるため、企業がROEの数値を上げるには、純利益を上げるか、自己資本の割合を減らすかのどちらかしかありません。純利益が思った通りに増えるのであれば言うことはありませんが、短期間での上昇は難しいものがあります。となると、手っ取り早い手段としては分母を増やす、つまり自己資本の割合を減らすこととなります。短期的に自己資本を減らすため、自社株買いを積極的に行ったり、配当に還元すれば、利益が上がらなくとも実際の水準は上がることになり、既にこうしたアクションを取り始めている企業もあります。ですが、それでは実際の利益は増えておらず、企業の生産性を計るというROEの本来の意味が薄れ、本末転倒になりかねません。また、伊藤レポートやISSでは、明確な根拠なく8%、5%といった数字が掲げられているが、業界によってバラつきがあるはずのこうした基準を一律で策定することに意味があるのか、といった疑問の声も上がっています。ただやみくもに数字を上昇させるだけでは、短期的な投資家の注目は集められるかもしれませんが、中長期的に考えれば自己資本という会社の体力をむやみに減らすことにもなりかねないのです。

5. 大切なのは納得のいく説明

では、このROEブームにはどう対処していけばよいのでしょうか。思うに、ここではもう一度ROEの意義について考える必要があるのではないでしょうか。

そもそも、ROEというのは単なる生産性の指標であり、本来は企業がビジネスを行った結果でしかなく、自己資本比率に対して工夫をこらさなくとも、本業の利益さえ上がりさえすれば自然と上がる数値に過ぎません。にもかかわらず何故投資家がROEを重視するかといえば、彼らにとって、リターンは高いに越したことはないからです。つまるところ、ROEというのは、リターン率の高い企業を理解するための一助として投資家達が最も信頼している(であろう)指標、つまり投資家に対して最も訴求力のある指標である、ということに意義があるのではないでしょうか。最も大切なことは、投資家に対してROEに対する自社の取り組みについて納得のいく説明を行うことです。たとえROEが低い状態でも、業態から考えてリスク管理のためにあえて資本を蓄えている、など具体的な説明をすれば、それは有益な投資判断の提供となり、効果的なアピールとなるのではないでしょうか。もちろんそのために企業は、自社のビジネスの特徴を緻密に把握し、長期的な戦略を練らなければなりません。昨今のROEブームの是非はさておき、これを機に企業は自社のビジネスの利益構造を改めて見つめ直し、投資家にその魅力を訴求できる体制を築くことこそが最も大切なことなのではないでしょうか。

SGIM 研究員 甲斐博樹

注)*¹²³生命保険協会 「平成26年度 生命保険協会調査」より